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対称性

左はフレッシュな林檎の断面、右は1ヶ月経過した状態である。
すべからく自然界は対称性を持っている。ただそれは幾何学的に完璧な対称じゃなくて、曖昧な対称性なのだ。
曖昧な状態は不安定。不安定な状態で個体を維持するためには、エネルギーの消費と時間的制限がある。そのエネルギーと時間的制約が、正に現実・生きているという事に他ならない。
だから生命は微妙な対称性の崩れに、固有のエネルギーと時間を消費するわけだ。逆に個の限りある対称性の揺らぎを保持しようとするエネルギーが、すなわちエロスとして感じられるのかも知れない。
遺伝子DNAは非対称な螺旋である。モノとしての物理的対称性は無い。しかし長い時の流れの中での、時空的対称性を獲得する装置なのだ。だから親に似た子孫を残す働きをする。

まあそんな戯言はさておいて・・・。
時の流というやつは、深層にあるエロスの骨格を露わにする働きがある。
現象的には、細胞内に蓄えていた水分が、時と共に蒸発しただけなんだけど、右の干涸らびた林檎の方が、より明快にエロスが表出されていると私は感じる。それは何故か? おそらく、水分というメタファーが無くなる事により、生命装置としてのエロスの原形が、ピュアに表出されて来たのではないかと考えられる。
この干涸らびた林檎を食ったら、どんな味がして?どうなるのか? 一丁試してみる必要がありそうだ。案外、林檎の由縁、エロスの本質にたどり着けるやも知れん。
この後2〜3ヶ月経つと、林檎という原形を留めないくらいまでに変形してくるのだが、その貴重な写真が無いのは、撮影する前に、捨てらちゃったのだ。ガク

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